鳳凰三山縦走記


                         第四回
               
                ()()(


             




急登に音が出るくらい歯をくいしばりながらも、

とにかく一歩一歩登りつづけた。


ザックの重みが肩にくいこんでくる。

しかし、意地でも弱音を吐けない。

弱音を吐くと若いサイトウ君に、

いびりのネタを提供するだけだという思いが湧いてくる。

この段階からいびりのネタを積み上げる気にはなれない。


それにしても前の二人は快調である。

こういう時は、常にいつ「休憩しようよ」

と、言おうかどうしようかと考えている。

もう言いたいなと思うと、

いやまだはやいはやいと必死に打ち消す。

そういえば、

さっき休んで、もうどのくらいたったかなと、

何気なくを装ってチラッと時計を見る。


20分も過ぎているともうすぐ休憩だとうれしくなる。

これが6~7分しかたっていないと気分的にはほとんど地獄だ。

いきなり気落ちしながら一歩が異様に重くなる。


30分歩いても隊長から休憩の言葉が出てこないと、

なんとなく恨みがましい気分が出てくる。

(もう少しきめ細かく休憩をとってほしいよな・・・)

などと手前勝手の思いがチラチラするのだ。


「あそこの平らな所で休みましょう」

と、隊長の口から出てくると、さっと上を見る。


その言っている平らな場所が10メートルも上だと、

これまた、やれやれという気分になって一歩がまた遅くなる。

急登の10メートルというのは大変な距離なのだ。

もう一歩も足を出したくないところからの10メートルだ・・・。

なんだかほとんど言葉もなくただ靴の先を見て登る。

休憩しようという場所は見ないようにしてだ。

(あっ…着いた・・・)という何気ない気分にしたいのだ・・・。


登っても登ってもカメラを構えるような展望はない。

三脚まで持ってきているのに、

いやはやなんともだ。

三脚の重さがただ肩にくい込む重さでしかないというのは、

なんとも味気ないし、また情けない気分だ。


コンパクトカメラでさえ、

何時間も登っていて、

一枚しか撮影していない。

なんだかカメラを構える気力も出ない状態なのだ。

「はい、こっちを向いて」パチリ・・・、

なんて気分には到底なれない。

コンパクトカメラを出そうという気力すらもすでに失せてる。

深~~~い、深~~~い樹林帯なのだ。

南アルプスという名の付く山塊の一部なのだ。

なめてたわけでもないのだが・・・。


四人があまり距離もあかず

歩いていくと、

シンドウ君とサイトウ君が

左の道に曲がった。

この時は、その道がハッキリしていたし、

その道しか見えなかった。

とにかく歩いて進んだ。


するといきなり行き止まりになった。

全員が、アレ?・・・という雰囲気になった。

ハッキリした道がいきなり途切れているのだ。

ここで「おかしいな・・・」と隊長が言う。

「この道はどうなっているのかな?」

と、サイトウ君が言う。

「これは迷ったんじゃないか」

と、自分が隊長に言う。

あれあれと四人それぞれ不審の表情になる。

まず慌てず、とりあえずここで休憩しようということになった。

間髪入れずに真っ先に座った。

なにわともあれとにかく座れるのがうれしかった。


隊長は、座りもせずに踏み跡を探している。

「踏み跡みたいなのがあるけどな」と言うと、

サイトウ君とその道を登りはじめた。

シンドウ君も登る二人を目で追っている。


この状況を少し離れたところでただ座って見ている。

とにかくくたびれたと思っているから道探しに参加する気もない。

そういう気が起こらない。

よろしくってな気分だ・・・。


隊長とサイトウ君が降りて来て

「おかしいな、踏み跡がしっかりあるのに途中で消えている」

と、サイトウ君、シンドウ君と話しをしている。

「こっちじゃないですかね」とシンドウ君が指をさして言う。

それでもどうもはっきりしない・・・。

ウロウロしながら道を探している。


こんな所で遭難したとなると新聞に載るのかな

などと余計なことを考える。

気分が落ちてるからすぐマイナーなことを考える。

遭難するのは自分だけで、

どう見てもほかの三人が遭難するようには見えない。


行き止まりの所が開けていて大きな滝が見える。

落下の音が大きく響いている。

沢の流れる音もかなりのものだ。

ドンドコ沢は滝が多いとガイドブックに書いてあった。

その通りだった。


隊長と他の二人がルートを探しているのに座ったまま動かず、

ボーッとしてとりとめもなく余計なことを考えている。


「帰ろうか・・・」という会話が出てきた。

それを聞いてなんかうれしくなった。

せっかく来たのに不謹慎だと思い賛成はしないが、

賛成と言いそうになって声を押さえた。

当然言えるわけもないのだ。

しかし、ホッとした気分になったのは確かだ。


そんな時、シンドウ君が

「ここまで来て、また引き返すのも、
今までの道筋を考えると、それも大変ですよ」

と、決めの一言を言った。

淡い期待も一気に消えた。

(そうだよなぁ・・・ここまで来て引き返すって言ってもそれも大変だ)

こういう状態を、

(行くも地獄引くも地獄・・・)という状態なんだと思った。

どうなるのかなぁ・・・と、ボーッとしてると、

隊長が「とにかく来た道を分かる所まで引き返そう」と言った。

その言葉を合図のように、

皆ザックを背負い歩き出した。


この時もザックを持ち上げるのが大変だった。

とにかく一人で持ち上げるが大変な重さなのだ。

しかし、この場合そんなことは表情にも出さずに皆の後を歩いた。


歩きはじめて比較的すぐだったと思う。

T字型の道に出た。

隊長は

「ここでこっちに曲がったのが間違いだよ。

道がちゃんとにあるじゃない」

と言って、笑った。


これでまた直登前進することが決まった。

もしかして戻れるという淡い期待は突然に断たれた。

また登り続けなければならない。

言葉には出せないし、今だから言えるが、

本当に気分が滅入った。

いやはやなんとも・・・だ。

あの、新宿アルプス広場の勢いはどこへ消えてしまったんだ。


気持ちが一旦引くと、これがまた足がやたら重くなる。

道に迷った時に、一時間いや二時間くらい、

座ったまま休んでしまったので、

太腿ととふくらはぎが冷えてしまったのか、

とにかく足を持ち上げるのが大変になった。


前の二人は、なをも快調である。

自分の後ろには、隊長がピッタリついてくる。

これがまたなんとも言えないプレッシャーなのだ。

絶対に言えないけど・・・。


ここまで読んでいただければ、この時の情景は、

ハッキリ見えるのではないかと思う。

そうなんです・・・まさに見える通りです。=つづく=





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