=ギターエッセイ=
ここに連載するエッセイは50年以上前に書かれた、
著名な音楽評論家によって書かれたエッセイです。
読み応えのあるエッセイなので、
何回かに分けて掲載していきます。
(1)(2)(3)(4)
楽器の中でこれに一番近い性質を持っているのは、
恐らく弦楽器、いわゆる擦弦楽器だろう。
ヴァイオリンやチェロの歌う能力は、
人声のそれに最も近く、
その音色の変化は、
やはり演奏家の持つ人格的なエトスを露わにするのである。
かつてアイザック・スターンが、
カザルスのヴィブラートについて、
それは彼の全人格の表現だといった。
多少なりとも感受性に恵まれた人であるならば、
ヴァイオリンの音に、いやらしい心を感じ、
あるいは高い人格を感じることができるだろう。
しかしながらギターの持つ音色の微妙さは、
それとは多少違っている。
ということができるのではないかと思う。
あるギター奏者の音を聴いてその音を気品があると感じ、
あるいは下品と感じることは、
当然あり得ることだけれども、
私達がその音から聴き取っている一番精妙な世界は、
必ずしも、そういう生のままの人格的世界、
静止したパトスの世界ではない。
そういうものを表現する能力ならば、
やはり人声には及ばない。
恐らくヴァイオリンにもかなわないだろう。
ギターがロマン派の時代にはほとんど忘れられていたのは、
もちろん音量のダイナミズムの不足という理由もあるけれども、
やはり、そのような生のままの感情世界の、
表現能力の問題だと思う。=つづく=
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