=ギターエッセイ=
ここに連載するエッセイは50年以上前に書かれた、
著名な音楽評論家によって書かれたエッセイです。
読み応えのあるエッセイなので、
何回かに分けて掲載していきます。
(1)
=ギターと私(二)=
ギターの演奏会は初めてだといったが、
ギターの音を聴いたことはあった。
回り道を覚悟で書いててみるならば、
それは本当に昔のことである。
わたしは、たしか中学に入ったばかりだったと思う。
どういう縁であったかは、まったく分からないが、
当時すでにギタリストとして仕事を始めておられた小原安正氏が、
私の(両親の)家へ見えたことがあった。
その頃、私はピアンを習っていたが、
簡単な曲を私が伴奏をつけて弾いていただいたことを覚えている。
しかし、三十年前の記憶は、いかにも淡い。
それよりも、戦争中、私は軍隊で、
氏の令弟の方と同じ中隊にいた。
内務班は別であったと思うが、
彼は当時から音楽がうまかった。
綺麗な声に恵まれて、流行歌などを歌い、
下士官や同僚に喜ばれていた。
精々シュ‐ベルトのリートくらいしか歌えなかった私は、
演芸大会の時などにはまったく困惑したが、
彼はいつも花形だった。
彼は、上官ににらまれてばかりいた私にも親切であった。
初年兵の教育が終わって、
私は暗号手となり、それから彼とは会っていない。
終戦後、彼は本職のギタリストとなり、
手紙などをもらったが、
怠け者の私は遂に演奏を聴かなかった。
彼の死が新聞で報じられた時に、
私はとても悔やんだ。
終戦後、私自身が音楽に携わるようになって間もなくの頃、
若いギタリストのコンクールというものがあり、
それもはっきりとした事情は覚えていないが、
私は審査を頼まれた。
もちろん、私はそれを断ったが、
コンクールは聴きに行った。
参加者たちは一生懸命で真面目ではあったが、
ギターという難しい楽器にやっととりついて、
手探りでもがいているように見えた。
私は正直にいうが、
そこからこの楽器の音に対する、
どんなイメージもいだくことはできなかった。
その後、二十年間の我が国のギター界の進歩は、
恐らく大変なものなのだろう。=つづく=
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