△北岳登頂始末記

                            


            =第一回=

「白峰三山を縦走しようか・・・」
「そうだね・・・」
こんな軽い会話からこの山行は決まった・・・。

今回の登山の特徴は、
とにかく登山隊と呼べるほどの大部隊になったこと、
初めて山に登る人がいるのに、
いきなり3000メートルの北岳をテント持ちで目指したこと、
しかも夜行二泊で白峰三山を縦走するという、
かなり厳しい計画を立てたことだ。

無謀登山の避難の声が聞こえてきてもおかしくない山行だった。
なにか事故が起これば非難の嵐だったろう!!
なにしろトレーニングもなにもなしでの計画だったのだから・・・。

白峰三山の縦走は、この時でじつは2回目だった。
最初に登ってからこの時までに10年が過ぎている。

「もう一度白峰三山を縦走したい!!」
その思いがフツフツと湧き上がって、
隊長やオダカ君と「もう一度、登ろう」という話をした。
「それもテント持ちで登ろう」という話をした。
オダカ君は一言「じっくり登ろうということ・・・」とポツリと言った。

テント山行が決まったが、これがのちのち予想外のことになっていく。
そうは言っても、計画段階では気持ちが昂ってるから、
怖いもの知らずだ!!

まったく3000メートルの山は、
初めてという人も何人かいるわけで、
不安がなかったわけではない。



この時のメンバーを紹介しておこう。
女性メンバーが、イシカワさん、マキちゃん、ミホちゃん、
ミヤモトさん、カナダさん、アメミヤさん。

男性メンバーが、筆者、サイトウ君、隊長、オダカ君、
カリタ君、コデラ君。

なんと総勢12人の大部隊になった。
北岳登山ツアーの様相になってきた。
なぜこれだけの大人数になったかと言うと、
すべては、わたくしのミーハーのノリから出たことです。

北岳に登ろうという話が出て、
なんかうれしくなってしまったウキウキした気分だ。
合う人ごとに「北岳に登って、白峰三山を縦走しない?」
と、軽いノリで声をかけていった。
なんと驚いたことに誰も断る人がいなかったのだ。
北岳という言葉がウケたのだと思うが、
それにしても全員オーケーとは・・・?。

計画書は自分自身でワープロで制作した。
最初に17万で買った文豪ミニだ(なんとも懐かしい!)
当時はワープロが全盛だった。
テレビのコマーシャルもワープロものばかりだった。
文豪ミニでは野村宏伸が出ていた。
今やパソコンが当たり前の時代になった。
いやはや時のたつのは恐ろしい・・・。

計画書を作るにも 少々緊張して、
山渓の解説書を何度も読んで正確を期した。

食料とルート計画は、隊長とオダカ君が担当した。
列車の時間、チケットはオダカ君がまとめて手配した。
テントも隊長、オダカ君ルートで調達した。
人数が多いので量もかなりのものだ。
一人一人の割り当てが難しい、
重量加減を考えなければならない、
テントを持つ人は特に気を遣う。
一つのテントに寝る人数が一つのグループになった。

この時の計画書の解説文の中で、
少し話題になった一文がある。

~各自、自分に責任を持って行動すること、
        誰も助けることはできません!!~

どこまで正確か分からないが、
このような一文を載せたと思う。
特にサイトウ君にウケていた。
後々まで、何度も言っていた。

サイトウ君の名前が出てきたが、
今回の山行ではサイトウ君にいびられ続けたという記憶がある。
いじめられたといってもいいかもしれない。
当の本人は結構覚えてはいないのだ。
このように書くと,またサイトウ君から一言出てきそうだ。

ミホちゃんとアメミヤさんが山道具を何も持っていないというので、
3人で新宿ICIに買い出しに行った。
ザックを買ってシュラフを買って、雨具を買って、バンダナを買って、
靴を買った、ほとんど全部を買ったという感じ・・・。

最後に山用のスラックスを買ったのだが、
ウェストのことでミホちゃんに言った。
見た目、ミホちゃんは一番体格がいいので、
ついつい「そんな細いの入るの?」と、言ってしまった。
「入りますよ!!そんなに太くありません!!」
と、結構な勢いで怒られた。
アメミヤさんと二人で攻められタジタジとなった。

山道具のほとんどを買い出し、帰りにコーヒーを飲んだ。
これもいまは楽しい思い出になっている。
しかし、これだけ道具も何も持たない初めての人たちが、
大挙していく白峰三山縦走というのは・・・???。


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