マダムI・T




               =思い出その十二)=




 


 
ギターを弾くのに悪戦苦闘して講座に通っているうちに、

仕事が徐々に忙しくなって来ました。

それまで考えもしなかった残業というのが出てきました。

今でこそ残業などは当たり前と考えるのでしょうが、

私が勤め始めたころは仕事ものんびりしたもので、

定時になるといっせいに帰り支度をするという時代でした。

仕事が終わるとラッシュの電車に、

突撃して運んだギターを持って出ます。

出口につくまで会う人が言うのは「それ何?バイオリン?」

「違うわよ、ギターよ!」と、何度答えたことか・・・・。

このころギターを習うなどということは一般的ではなかったし、

クラシックギターを知っている人が、まずほとんど皆無だったと思います。

しかも若い女性の習い事ということは、一番多かったのがお裁縫、

お茶、お花というのも、もちろんありました。

ギターを抱えてればなんなんだろうと思われるのは当然でした。


 しかし、残業というのが出てくると次第にお休みも多くなっていきます。

一緒に通っていた友達もその辺の事情は一緒で、

残業ということになれば、そこでお互い無言の同時欠席です。

ただでさえ四苦八苦の状態でしかも休みがちになれば、

ますます講座に行った時に弾けません・・・・。

講座が終わってみんなとおしゃべりして帰ってくるのですが、

なんとなく気分が重くなっているわけです。

今考えてみると、危ない曲がり角を曲がる寸前にいたということです。

やめようかどうしようかという・・・・。


 こういう気分というのは、今も昔も変わらないものですね。

この年になるとさすがに、今からやめようとは思いませんが、

若い人は、このときの私と同じように、

いろいろ思いをめぐらせるんじゃないですかね。

 時代が変わっても人間の気持ちというか気分というか、

ほとんど変わらないということでしょうね。

仕事の状況は厳しくなる一方でしたが、

しぶといのが取り柄のひとつになってるわたくしとしては、

お線香よりも細々と続いていたわけです。






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