=お散歩エッセイ=
               (電車にて)

 最近あまり電車に乗るということがなくなった。

コロナ化時代に突入してから極力電車とかバスに、

乗らないようにしていたのが

いつの間にかそれが普通というふうになってしまっていて、

なんとなく電車に乗るのも億劫な感じがしてしまう・・・。

いわゆる出不精ということなんだと思う。

最寄り駅周辺では用が足りない時だけ、

となりの駅へと電車に乗る。

それでも今現在唯一出かけないといけない教室があり、

その時は電車に乗ってなんとなくその教室に向かうのです。

それにしてもすごいなと思うのは、

コロナ禍の時は一つの車両に数人しか載ってない時があり、

さすがコロナ禍だなと思っていた時があった。

しかし今や急行で座るというのはなかなかできない。

それでも二子玉川で降りる人も多くそこでは結構座れる。

座れて電車内のシートに座っている人の列を見ると、

ほぼすべてがスマホを見ている。

見てない人は一人くらい・・・。

老いも若きもすべて同じようにスマホを見ている。

そんなことを観察してる自分も、

どうなんだというのは若干ありますが、

電車内でスマホを見るというのは基本的にない。

若かりし頃から電車内では本を読むというのが、

いまだに習慣のようになっていて、

カバンから本を取り出して広げる。

座ってる人を上目使いでざっと見ていくと、

本を読んでる人って年配の昭和って感じの人に行きつく、

それでも各椅子に列に一人って感じかな。

若い子たちはスマホを見ながら素早い指の動きで操作してる。

とにかくその動きはすごい早いよ。

その様子を見ていると、

スマホがないと生きられないって感じがするのは、

自分が昭和育ち人類だからかな・・・。

車内のつり広告も以前とは全く変わっていて、

ビールのコマーシャルって結構多い。

テレビのコマーシャルでもかなり多い感じがするが、

車内のつり広告でも多いね・・・。

昭和の残像が残っている我が視覚感覚だと、

週刊誌の吊り広告が全くないのも、

なんだかちょっと寂しいかもしれない。

でも、これだけスマホしか見てない人が並んでいると、

まあ、顔を上げて吊り広告って見ないだろうなって気はする。

令和に入っての若い子に電車の吊り広告って知ってると聞くと、

一様に知らないと言ってるね。

ようするにぜんぜん見てないってことだね。

昭和、平成の後半くらいまでは、

吊り広告ッてみてるおじさんたちはいた気がする。

それが話題になってりした記憶がある。

本も読まず、スマホも見ず座ってると、

なんとなく周囲の雰囲気から浮いてるような気がする。

やはり画面を見て指を動かす動作も何もないと、

なんだかなって感じがする・・・。

コロナ禍が過ぎ去ってから(消えたわけじゃないけど)

マスクをする人もかなり減った感じ。

今は花粉症があるからかなりの人がマスクをするのかと、

思うと電車のなっかではさもあらず。

ほとんどしてないね・・・。

これまた一つの座席に二人いるかいないかって感じ。

のど元過ぎればっていうこともありますが、

これだけ無防備になるんだなと思う。

インフルエンザなんかも流行ってると思うのですが、

電車内という密閉された空間でも、

マスクをしてる人ってほんと少ない。

電車内が安全地帯だとは、

どうももう一つ思えないのですが、

そういうこちらの感覚すでに古いのかな。

こういう風景を見ていると、

まさに昭和は遠くなりにけりかな・・・。

電車内のことにつき写真はないよ・・・。


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