=発表会回顧録(四)=

 一回目の発表会が無事済んでやれやれ

という感じでとにかくよかったという印象。

何しろ自分の教室での初めて発表会なので、

どうも分からないことだらけだったので、

始まる前はかなりの不安でいっぱいだった。

こういうこととは無縁の世界にいたので、

なんだかなっていう感じが強かった。

友人やいろんな方の協力は大きかったと思う。

そのあともう一回この金属健保会館で発表会をしたと思う。

まだまだバタバタでカメラのことも分からず右往左往は変わらなかった。

その後、ヤマハの銀座店が新しいスタジオを開設するという話が、

友人から舞い込んできた。

そこで発表会をやらないかということだった。

この時は、秋の発表会だったと思う。

この当時は春と秋の二回発表会を開催していた。

なぜそうなったかはよく覚えていないが、

子供たちのお母さんたちの押しが少しあったような気がする。

なんといってもこのころはほぼ七割が子供だった。

こういう意見は無視できなかった・・・。

このころはこういう状況でも苦には思わなかった。

発表会も始まったばかりで勢いがあったということかな。

エネルギッシュではあった・・・。

 ここでもまた写真のことが問題になった。

まったくこちらは分からないので、

(どうしようかな・・・)と、

ちょっと思い悩んでましたが、

生徒のお父さんで写真に詳しいという方がいて、

「よろしく!!」一言お願いしました。

全体写真を見ると一回目よりも写りはいい感じです。

この時は司会の方に、

演奏が終わった方にインタビューなども頼んでみました。

思いついたことは何でもやってみよう精神が、

いきなり発揮されてました。

この企画は好評ではあったのですが、

だんだん演奏時間に追われるようになって、

いつのまにか立ち消えになってしまいました。

銀座まで出ていく元気が、

生徒の皆さんも自分もこのころはあったということですね。=つづく=

        =二回目の発表会全員写真=
          写りはかなりましになった。



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